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2007-04-20 Fri 13:06
2007年4月の日記
2006年12月以前の日記 【3月】 ♪東京文化会館リサイタル(1日) 上野公園の入り口にある東京文化会館小ホールで初めて弾かせていただいた。以前から、伝統があるだけでなく格調が高いホールだと思っていたが、書類と録音による選考会の結果、はじめて弾かせてもらえるシステムになっていることを知って納得した。今回ソロリサイタルをさせていただけたことだけでも非常に光栄だったといえる。その上、嬉しいことに、こちらも2週間前にチケットが完売した。沢山の方が応援してくださった結果と、心から感謝している。 当日会場入りして楽屋を探していると、間違えて大ホールの方に行ってしまった。そこでは、指揮者の小澤征爾さんが「オペラの森」公演のリハーサルをされていた。ドイツ人の歌手たちが楽屋をうろうろしていたのもそのためだった。「やはりここは凄い所だ!」と気が引き締まる思いがした。 今回は、音楽関係者の方もみえると聞いていたので、少々緊張していたのだが、いつもの自主公演と同様に今回も手伝いをしてくれる友人や家族の顔をみるとホッとした。そして、会場のピアノ(平成14年のスタインウェイ)と音響の素晴らしさを確認すると、ワクワクした。一年前から構想を立てていたこのプログラムを目一杯楽しんで弾こうと心に決め、本番に臨んだ。 満場のお客様に温かく迎えられ、本当に幸せだった。その想いが客席にも伝わっていれば、とても嬉しい。 ![]() (この写真は共同通信の平野潔さんが撮ってくださった) ♪家族旅行(2日〜4日) 1日の公演を聴きに、兵庫県から母方の祖父母と叔父が東京まで出てきたので、この機会を利用しその翌日から皆で箱根へ旅行をした。総勢14人となり、賑やかだった。 叔父と最後に会ったのは、僕が高校3年生のときで、これからパリに留学したいと思っていた頃だった。初めて演奏会場で僕のピアノを聴き、翌日富士山の絶景を見てすっかりご機嫌になった叔父は、夜、酔っ払って「洸ちゃんのピアノは富士山級やなあ。」と言って、何度も握手を求めてきた(笑)。長年高校で英語教師をする傍ら、バレーボール部のコーチをしてきただけあって、彼の腕力は(指の骨が折れるかと思うほど)凄かった。この春からは教頭だそうだ。 祖父母は、パリ留学して初めてのリサイタルを聴きにフランスまで、そしてデビューリサイタルも聴きにニューヨークまで来てくれるほど元気な老夫婦だ。でも、80歳ともなるとさすがに遠出がだんだん大変になってきたらしく、祖母に「今度は関西の方でも演奏してね」、と言われた。そういえば長いこと関西では弾いていない、いつか機会があればいいなと思う。 ![]() 箱根のホテルから臨む富士山 ♪コモ湖国際ピアノアカデミー、プレッスラー先生&ナボーレ先生(8日〜13日) 7日、東京からベルリンには戻らず直接イタリアへ発った。楽しみにしていたメナヘム・プレッスラー先生の講習会を受けるためだった。会場に着くと知らない人たちがカメラをセッティングしていた。何でもこのアカデミーのドキュメンタリービデオを作るため、レッスンを録画するらしい。生徒個別のインタビューもあり、いつもとは少し違う雰囲気だった。 レッスンでは、モーツァルトのコンチェルト第23番イ長調を見ていただいた。プレッスラー先生は弦楽器とのアンサンブルをよくされているだけあって、音の出し方に細かく注意を出された。鍵盤に手を置いて、腕全体を水平に上げる途中で指が手前に滑り出し、そのまま指の腹で下にゆっくり押すと音が柔らかくなる、と仰っていた。ゆっくり始まるフレーズではそれが非常に役立った。 残念なことに翌日先生が風邪を引かれ、予定していた11日まで回復されず、結局、アカデミー監督を務めるウィリアム・グラント・ナボーレ先生がその間ずっと代行レッスンをなさった。ナボーレ先生はアメリカのヴァージニア州に生まれ、17歳からイタリアでブゾーニやシュナーベルの弟子として知られるカルロ・ゼッキに師事、その後、ルドルフ・ゼルキンやアリシア・デ・ラローチャにも師事された。そのような大家からの教えを今の若いアーティストに継承していくことを目的として、同志を集め、このアカデミーを設立されたのだ。 ベートーヴェンのエロイカ変奏曲を見ていただき、少し自由奔放になりすぎていた僕の解釈を今一度楽譜に忠実な方向へ引き戻してくださった。弾き慣れてくると余裕が出て音楽がより自由になるのは自然なことで良いと思うが、一方で楽譜を丹念に読み返す作業も忘れてはならない、と改めて感じた。 ♪ジム通い イタリアにいる間、東京での忙しい日々の疲れがどっと出てきたようで、毎日10時間近く寝ていた。ベルリンに帰って体重を量ると3キロ減っていて、自分の体が貧弱に見えた。そこで、以前から興味があったフィットネスジムに行ってみた。トレーナーに事情を話し、一通り試させてもらうと、予想通り体力が衰えていた。そこの設備は整っているし、トレーナーは親切で、何と言っても家から歩いて2分で行けるので、その日からジムに通うことに決めた! 通いだすと、昔スポーツをやっていた頃(小中学校では野球、高校では陸上)の心地良い感覚を思い出した。そして、生活にメリハリが出てきて、以前ほど夜更かしをしなくなった。この調子で健康を維持し、筋肉もつけて、丈夫な体をゲットしたいと思う。 ♪偉大なコンサート主催者達 (24日、26日) アメリカで2公演。24日は2005年5月にも弾いたデイトンで、そして26日は久々のクリーヴランドであった。 デイトンの主催者であるドン・ヘイジマンさんは30年以上もこのコンサートシリーズを続けてらっしゃる。殆ど一人でコンサートを運営し、ピアノの調律、録音もして、終演後のレセプションの料理も作られ、アーティストを家に泊めて世話までしてしまう。さらに普段はピアノも教えてらっしゃるそうだ(以前はデイトン大学の音楽部主任教授だった)。パートナーのジョンさんはダンスの先生で、毎月ペンシルヴァニアまで5時間もかけて車で通って教えていらっしゃる。お二人の70代とは思えないその活動振りに、脱帽した僕だった。 ![]() これがレセプションに出された料理、5種類のキッシュとサラダ、このあとデザートにクルミのケーキも出た! クリーヴランド州立大学のピアノ科教授のお一人、中国系アメリカ人のアンジェリン・チャンさんとはクリーヴランドコンクールでお会いした。実は彼女もパリコンセルヴァトワールで勉強され、僕の恩師マリーフランソワーズ・ビュッケ先生にも師事していらした。そんな関係で連絡を取り合っていたのだが、僕にとって“第3の故郷”であるクリーヴランドでまた弾きたい、という僕の願いを今回叶えてくださったのだった。 そのアンジェリンさんが、なんとこの度アメリカで最も名高いグラミー賞を受賞された!正確には、『Best Instrumental Soloist Performance with Orchestra(オーケストラつきベスト器楽奏者賞)』といい、受賞曲は昨年TNC Musicからリリースされたクリーヴランド室内管弦楽団とのレコーディングの中の、メシアン『異国の鳥たち』という曲だ。 中国人でグラミー賞を受賞したのはヨーヨー・マに続いて二人目、そしてアメリカの州立大学教授での受賞は初めてだという。大学主催の受賞コンサート・パーティが僕の滞在中にあり、招待された。シューマンの『詩人の恋』(原曲は声楽曲だがこの時はヴィオラと共演)で、深みのある音楽を聴かせて下さった。 ![]() アンジェリンさんと 何はともあれ、このような偉大な主催者たちに呼ばれて演奏させていただいたことが、この上なく光栄に感じたアメリカ公演だった。 ♪素敵な出会いと美味しい料理 音楽や美術、映画や文学作品などで人は豊かな気持ちになる。でももっと身近な所でもその機会は得られる。美しい景色を見たり、素晴らしい出会いをしたり、美味しい料理を食べたり、等々。 アメリカからベルリンに帰る前に、二度もそんな気持ちにさせられた。一つは、クリーヴランド在住(僕の母校都立武蔵高校出身者)の前田さん夫婦と日本料理を食べた時。クリーヴランドでは何度も行っているお店“Pacific East”だが、そこで豪勢な寿司の盛り合わせを初めて頂いた。前田さんたちはお二人とも薬学の勉強でクリーヴランドに留学されたそうだ。ご主人は今年からクリーヴランドクリニックで医者の仕事を始められる。音楽とは全く違う世界の話を伺い、とても興味深かった。 「新しい薬を開発しても、一般に使用されるのは何千分の一の確立。でも、認証されなくても、その研究過程が他の開発に役立つこともあるんだよ。」と言っていたのが印象的だった。音楽に劣らず厳しい世界だと思うが、お二人に頑張っていただきたいと思う。 ![]() 3人前と書いてあったこのお寿司だが、食べ切れなかった。 もう一つの出会いは、帰りに経由したカナダのトロントで。作曲家の友人、クリストファー・シさんは同い年の中国系カナダ人で、僕のシューマンのCDを聴いてファンになってくれた人だ。昨年夏の武満録音の時にもお世話になり、短い時間に充実した観光もさせてくれた。今回直前に、僕がトロント空港の乗り換えで5時間ある、と伝えると空港から10分で行けるHilton Hotel内にある中華料理店に連れて行ってくれた。彼お勧めのロブスター料理、デザートの黒ゴマアイスクリームが実に美味しかった! 上記の薬の開発のことを話すと、クリストファーは「作曲でも、実験的に作ってその時認められなかったものが、あとに違う作品に活用して成功するケースがあって、それに似ているよ。」と言っていた。彼が言うには、自分もまだ納得のいく作品が一つも書けていないそうだ。きっと彼も、今は“実験”の時期なのだろう。ぜひ頑張って欲しいと思う。 そういえば、武満徹さんも作曲を始めた頃、同志の若い作曲家や他の芸術家たちと共に斬新な発想でいろんな活動をし、作曲に励んでいた。そのグループ名は、まさに“実験工房”といった。(名付け親は詩人の瀧口修造氏) ![]() 左はお粥、右は蒸し物と海老の脳みそ ![]() クリストファーと 【2月】 ♪偶然の出会い 作曲家の細川俊夫氏は、今国際的に注目されている邦人作曲家のお一人だ。戦争の悲劇をテーマにした作品や、日本の伝統楽器のための作品をお書きになっていて、氏の音楽には世界の人々に強く訴えるものがある。生前の武満徹さんとも交際があったことから、いつかお会いしたいと願っていた。それが偶然にも、ベルリンコンツェルトハウス管弦楽団のコンサートでお会いしたのだ! 帰り際にお引止めして、少しお話をさせていただいた。これから7月までベルリンに住まわれるとのことなので、その間にまたお会いして、武満さんのお話など伺いたいと思っている。また、一緒にいらした日本を代表する笙奏者の宮田まゆみさんにもお目にかかることができ、本当に光栄だった。 後日、宮田さんの演奏会にも伺った。細川先生の解説つきで、雅楽と先生の作品が弾かれ、美しく奥深い笙の音を堪能させていただいた。 ![]() 左から宮田さん、細川先生、賛助出演したアコーデオン奏者 ♪ベルリン初リサイタル(17,18日) 僕にとってベルリンで初めてのリサイタルが、市内から少し離れたヴァン湖近くのグリーニケ城で二日間行われた。はりきって準備し、できる限りの宣伝もしたのだが、初日予想もしなかった事が起こった。 朝目覚めると、体中がだるく、寒気で震えていたのだ。頭痛もする。「もしや…」と思い、熱を測ると、38度8分あった。一瞬青ざめたが、とにかく少しものを食べ、かぜ薬を飲んでぎりぎりまで寝ることにした。しかし、不安にかられて眠れない。着こんでも体の震えが止まらず、どうすることもできなかった。結局12時過ぎになっても熱が下がらず、電車で行く体力も気力もなかったので、友人に頼んで、会場まで車で送ってもらうことにした。道中サンドイッチを一つ食べた。1時半からリハーサルをしたが、体力をセーブするため短く切り上げ、あとは控え室で横になっていた。開演は4時だった。 本番前、2階の控え室から下に降りようとすると、めまいがして手すりなしでは降りられなかった。もう後戻りはできず、腹部にホカロンを当てたまま、本番に臨んだ。 ピアノは座って弾く楽器なので、幾分助かった。弾きだすと、体も温まってきた。しかし、体を動かしすぎると今度は咳が出そうで苦しくなるし、汗が出てそれが冷たくなると、また寒気がして鼻水が出てきた。後半は体力も消耗しきって、最後まで弾ききることだけを考え、祈る気持ちで弾いていた。終演後、応援に来てくれた友人たちは「病気に気がつかなかった」、「良かった」と励ましてくれたが、自分としては楽しんで弾けず、満足がいかなかった。 夜9時過ぎに帰宅し、再度熱を測ると気を失いそうになった。39度9分・・・。 おかゆを食べ、アスピリンを服用し、10時過ぎにベッドに入った。そして、久しぶりに悔し涙を流した。 二日目、朝5時ごろ目が覚めた。全身汗をかき、熱は37度2分まで下がっていた。メールを開くと、今回用事があって来られなかったヘルヴィッヒ先生からメッセージが入っていた。コンサートの初日がどうだったかを聞かれ、僕は、こらえきれず返信メールで全てを先生に話した。それから数時間寝て、起きてみると、早速先生から返信が来ていて、「演奏家というのは過酷な職業ですね。この経験があなたをきっと大きく成長させると思います。今日は、楽しんでのびのびと弾いてきてください。」と書いてあった。胸が熱くなり、先生の思いやりに対する感謝の涙がこみ上げて来た。 天候も晴れ、パリの大親友が聴きに来てくれたこともあり、気分は爽快だった。昨日の反省からメンタームで鼻水を、のど飴で咳を防止した。そして、体調が万全でない分それだけ余計に演奏に集中でき、自分なりに満足のいく演奏ができた。幸運にも、この二日目に他の演奏会主催者の方が数人来てくださり、終演後いくつか演奏依頼の話をいただいた。「人生山あり谷あり」、「人間万事、塞翁が馬」ということを強く感じたベルリンデビューとなった。 その日は自分の演奏会の後、フィルハーモニーへ、アルフレッド・ブレンデル氏のピアノリサイタルを聴きに行った。ハイドン、ベートーヴェン、シューベルト、モーツァルトとオーストリア古典派の音楽が並び、彼の最も得意とするものだけあって、どれも舌を巻くほどの名演奏だった。特にベートーヴェンのOp.110のソナタは、この世のものと思えない美しい音で奏でられ、特に最終楽章の悲愴なアダージョから希望の光を放つフーガへの移り変わりなど、僕の求めるものが最大限に表現されていて、深く心を打たれ、またしても涙腺が緩んでしまった(笑)。 ![]() 演奏を終えたブレンデル氏。このあと客席が総立ちになった。 ♪第2回ふるさとチャリティーコンサート(22日) 風邪を完全に治す前に日本へ発たなければならなかった。しかも、慌しく準備して家を出たので、日本円や実家の鍵、キャッシュカードなどを全て忘れてしまった。(最近僕は忘れ物が多い、気をつけなければ!)それでもなんとか無事帰宅。 一年ぶりに帰国し、また地元国分寺で弾かせて頂けるのを、楽しみにしていた。主催者も宣伝に力を入れてくださり、朝日新聞に記事を載せた直後にチケットが完売したそうだ。その関係で今回は国分寺市民でない方も、客席に結構いらしたようだ。プログラムの終わりに、昨年同様、主催の増田加代子さんのご挨拶と僕へのインタビューがあった。その日、僕は喉の調子が良くなかったので「あまりしゃべらないと思います」、と増田さんに宣告していたのだが、実際はいろいろ話したいことが次々出てきて、結局普段どおり話してしまった(笑)。 星野信夫市長からも激励の言葉を受け、非常に光栄だった。 今回のコンサート収益金は、主に国分寺市立中学校で楽器を買うための費用として、またネパールの中学校建設費用の一部として使われる模様だ。 2007年2月の日記 2006年12月以前の日記 【1月】 ♪心に残った演奏会 今月は本番がなかったので、新しいプログラムの準備やビジネスのことで、時間を有効に使えた。素晴らしい演奏会も幾つか聴きに行くことができ、充実した日々を過ごした。 ざっと紹介すると、15日にベルリン国立歌劇場(Staatsoper)でバレー『シンデレラ』を、16日にフィルハーモニーカンマームジークザールで、ボザールトリオ(Beaux arts Trio)を、18日に同じホールでアルテミス四重奏団(Artemis Quartet)、25日の夜はアンサンブル・アンテルコンテンポラン(Ensemble Intercontemporain)の公演を聴きに行った。シンデレラは、主役が日本人の中村祥子さんで、彼女の手先まで神経の行き届いたバレーが美しく、お姉さん役を演じたマラーホフとサフコヴィッチ(両方とも男性)の滑稽な演技もおもしろ可笑しく、とても楽しかった。 ピアノトリオを結成して以来(弦楽器奏者が何度か入れ替わりはしたが)、何十年もピアノトリオとして演奏活動しているベテラングループ、ボザールトリオの生演奏を初めて聴き、弦楽器の音に溶け込むピアノの美しさと自然な音楽の流れに感動した。そのピアニストはメナヘム・プレッスラーさん(Menahem Pressler)といい、3月にコモ湖のアカデミーにいらっしゃると聞いているので、レッスンを受けるのが益々楽しみになった。 ![]() アルテミス四重奏団にしても、アンテルコンテンポラン(パリが拠点なので友人が何人か入っている)にしても、本当に説得力のある演奏で、心惹かれた。彼らの魅力は何かを考えてみたとき、ひとつの共通点があることに気がついた。両者とも、彼らならではの得意分野を持っていて、誰にも負けないほどしっかり研究したものを演奏しているということだ。聴衆もそれを求めて聴きに来ているようだった。 僕はこれまで、バロックから現代までの幅広い分野のレパートリーを自分の物にするため、常にチャレンジ精神で勉強をしてきた。それは若いときには必要な勉強だと、アドヴァイスも受けたし、自分でもそう思っている。しかし、同時に、さまざまな活動をしていく中で、僕のライフワークと呼べるものを見つけたい、とも思うようにもなってきた。そんなこんなで新しい目標を見つけた2007年の1月だった。 ♪ コモ湖国際ピアノアカデミー、フー・ツォン先生 (21-24日) 今回は中国人で初めて世界的ピアニストとしてキャリアを積まれたフー・ツォン先生がマスタークラスを行った。ショパンコンクールに入賞し、何年かポーランドに住んでいらしただけあって、ショパンのレッスンが特に良かった。ただ、問題だったのは、先生の曲の好みがかなり限定されていて、僕がショパン以外に用意していたベートーヴェン、ブラームスは受け付けてもらえなかったことだ(「アルベニスは?」と聞くと「問題外!」と言われてしまった・・・)。結局、一週間前に始めたモーツァルトのコンチェルト23番イ長調を見てもらうことになり、土壇場で猛練習しレッスンに臨んだ。この曲は、南アフリカでお世話になったライネル・ボウマンさんからいただいたCDに録音されており、彼の感動的な演奏を聴いて、弾きたい想いが強まった曲だ。先生もこの曲が特にお好きのようで、アイデアを沢山いただいた。 ![]() ツォン先生、ハーブシャーベットを食べてご満悦の様子 2006年12月以前の日記は→ http://kotarofukuma.free.fr |
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2007-04-02 Mon 00:34
【福間洸太朗のプロフィール】
1982年、東京に生まれる。 2001年、都立武蔵高校卒業後、パリ国立高等音楽院に留学。 2003年、クリーヴランド国際ピアノコンクールで優勝。 ニューヨークにてデビューリサイタル。 2004年より、日本での活動を始める。 2005年秋より、ベルリン芸術大学に在籍。 2006年秋より、イタリアのコモ湖ピアノアカデミーの奨学生として、毎月アカデミーに参加。 現在、ベルリン在住。 ![]() 詳しいプロフィールは→ http://www.kotarofukuma.com |
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| 洸太朗のジョイフル日記 |
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